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人は誰のために生きるか

 心には思考の心と習慣の心と情動の心があります。思考の心と習慣の心は生まれ落ちた後人為的な教育と利害的な目的のための学習から作られてきていますから、テーマの「人は誰のために生きるのでしょう」は情動の心と本能とについて考えればよいと思います。思考の心と習慣の心は、人間が生きるために助けとなる情報を処理するところです。

 本能は生まれ落ちてから生きていくための最小の情報と、子孫を残すための情報が書かれています。情動の心は危険を経験したときにそれを記憶して危険を回避する学習と、本能を発現させるために学習した情報が書かれていきます。それらを総合すると人は動物としては、自分のために生きています。生きて子孫を残すために生きています。死ぬことは考えられていません。女性には子孫を守り育てる能力を持っていますが、男性には有りません。男性には女性を得るための方法が存在しているようです。

 人間には動物にない知識があります。その中に人間は誰のために生きるかの情報を学習して習慣の心に書き込んでいます。それはその人が属する文化に大きく依存します。その文化からの知識の中に、倫理的な、哲学的な、宗教的な、その他の生きる目的が書き込まれます。親子の関係の大部分、恋人、夫婦、国民、これらのこととの関係は習慣の心に有る情報から行われます。

 思考の心はそれらとは全く関係なく、自分の周囲を認知することと、記憶を選択加工して、ある目的を作って生きる反応、時には死ぬための行動を行わせます。思考は全く新しい物を作り出すときに大切な役割を果たします。けれど多くの場合働いていないことが多いようです。思考の心や習慣の心は情動を抑制する作用を行っています。

 これらの三つの心に書き込まれた情報がどのように使われるかは、その人の置かれた状況、その人のどの心が動いているかに関係します。ですから、誰のために生きているか生かされているかの答えはその人の心の中に有る知識によるのであり、またその知識のどの部分が利用されるかによるのであり、一般論としては言えないのです。

 ただ、子供に関しては、習慣の心、思考の心が未発達のことが多いので、子供は自分のために、本能や情動の心に従って、自己中心的に生きていきます。 

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