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フリースペース「したいなぁ〜松戸」&松戸−登校拒否を考える会「ひまわり会」
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怒りの人格子ども(大人でも当てはまるかもしれませんが、私の専門外なので)がいわゆるキレた状態になったとき、そのキレたときの状態を覚えていない場合があります。そのキレた時の子どもの心の状態を説明します。キレたときの子どもは決してキレたときの行動を意識的にしたのではないです。キレたときの記憶が残っていないのも、自分を守るために嘘を言っているのではないです。 その子どもは度重なる辛い経験から、子どもの心に大きな傷を受けています。心的外傷の状態です。その大きな心の傷を持っている状態で新たな酷く辛い経験をしたとき、激しく心の傷が疼いて、一時的な解離性同一障害を起こして問題行動を起こしていました。つまり問題行動を起こしたのはその子どもの通常の人格とは違う全く別の怒りの人格がその子どもを支配していて、その怒りの人格が問題行動を起こしています。子どもが通常の人格に戻ったとき、子どもの人格は怒りの人格とは直接関係しない別の人格なので、子どもはキレたときに起こした問題行動を基本的に思い出しません。 子どもが普段の人格に戻ったとき、その子どもは自分が行った問題行動の結果を目で見て、周囲の人から説明されて知ります。そこで普段の人格の子どもは、自分がキレていたときにしたことを知ります。自分がしたことと納得します。子どもの普段の人格からみたら、記憶にないことを記憶していたと誤解することになります。 しかし子どもによっては、普段の人格で記憶にないことに気づく子どももいます。そのような子どもはキレていたときに行った問題行動を自分はしていないと表現してしまいます。そしてその子どもの普段の人格から言うなら、自分はしていないと表現することが正しい表現なのです。自分がしたと表現する場合には、自分がしたと教え込まれた知識を言葉で表現しているのです。 発達障害・自閉症・自閉症スペクトラム・トゥーレット症候群・ADHDという概念について 発達障害と理解される子どもの状態はあります。けれどそれを親や大人が病気として理解すると、問題だとして対応されると、子どもはとても辛くなります。その子どもなりの成長を阻害します。親や周囲の大人としては、発達障害と理解される子どもを普通の子どもにしたいと考えるのは、その大人なりの優しさなのでしょうが、発達障害と理解されてしまう子どもにはとても迷惑な話なのです。 発達障害と理解される状態はあっても、発達障害と客観的に示すことが出来る脳内の変化は見つかっていません。それは現在の脳科学が証明するのに十分なほどには未発達なのか 、それとも脳内にそのような変化が全くないのか、それは分かりません。現時点では脳内に発達障害に相当する変化がないから、発達障害という症候群として考えられています。 ここで大切なことは、発達障害と理解された子どもが、現在の精神医学による発達障害の対応を受けて(発達障害として対応を受けたための変化がある場合があるが、それに対しても薬が効果を示すという客観的な証拠もありません。いわゆる専門家が発達障害という物があると、薬が効くと信じているだけ)大変に辛い状態になり、辛い子ども時代を過ごしてい るという事実です。その結果も、(私の知る限り)大人になって依然として社会に順応できなくて、辛い一生を送り続けている点です。(私の経験する限り)発達障害と理解されても(私の経験の中には、精神科医からあまりにも酷い発達障害だと見放された子どももいる)、それはその子どもの性格の特徴として、その子どもなりの成長を認めた対応を続けていけば、その子どもなりに社会に順応し、職業を得て、その子どもなりに結婚もして、子どももも育てて、その人なりに極普通の大人になっていることです。 現在社会に都合の悪い子どもを、その子どものためといって、その子どもを社会に都合の良いように変えるといって、その子どもを苦しめて、その子どもの一生を辛い物にしている現在の医学が公然と存在しています。その子どものためというなら、現在社会に不都合でも、時間がかかっても、その子どもの心と成長に添って、その子どもらしさを育てることが、その結果として社会に順応できる大人になってもらうことが、現在社会に都合の悪い子どもを育てる方法だと、私は主張します。 戻る |
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